西独にみる「除雪」の勧め、条例あるが結構気まま

読売新聞、論点、198625

 

お正月やクリスマスの雪は、私たちを楽しいメルヘンの世界にさそってくれるが、実際の雪はそんなにタイミングよく降ってくれない。

 

私は西ドイツのフランクフルトに近いダルムシュタット市に住んで20年余になるが、クリスマスの降雪は、ほんのわずかしかない。そのかわり、冬の季節になると、ふだんの日はけっこうよく降る。

 

厄介なのは、降ったあとの始末だ。一昨年のお正月、東京でも豪雪に見舞われて根雪となり、凍結してすべったりころんだりの被害が続出したと聞いた。

 

これが、私の住んでいる西ドイツの場合だとどうなるか。

ご当地では歩道に積もった雪のせいで通行人がケガをすれば、その責任は歩道に面した家の人が負わなくてはならない。すなわちご除雪義務違反に間われるのである。

 

しからば、除雪義務とは、どの範囲、どの程度のものであるのか。そこはそれ、世界に冠たる法律、秩序の好きなお国柄、実にことこまかく、厳密な規定が設けられている。

わが在住地、ダルムシュタット市の除雪条例を以下ご紹介してみよう。

 

まず除雪すべき道路幅は、一般の歩道で2メートル。歩行者専用道路では3メートル。もっとも、都心部の人通りがひんぱんなところには役所の除雪車が来る。

除雪作業をする時間帯も指定されていて、朝七時から夜の九時まで。そのあと夜中に降つたら、遅くとも朝八時三十分までにかたづけなくてはいけない。終日降りやまない場合は、三時間おきに除雪する。

 

かだづけた雪はどうするか、これもきちんと定められている。「道路の端に、帯状に積み上げ、3メートルごとに切れ目をつけておくこと」とある。雪どけになった際、うまく水が流れるための配慮である。

さて、雪を除いたあとをそのままにしておくと、凍結してすべりやすくなる。条例はこの点も見逃さない。「雪または氷ですべりやすくなるのを防ぐため、すべり止めを散布すること」。

 

すべり止め用の砂は無料。市があちこちの街角に砂箱を用意して、市民は自由に使用できる。都心部の歩行者専用道路には、赤い砂が用意されている。下の敷右の色に合わせているのである。つい最近まで、すべり止めに塩が使われていた。しかしこれは、植物に悪い影響を与えることがわかったので、条例に、以下の条項を加えた。「塩の使用はなるべく控えること。街路樹や公園緑地に接した場所では使用を全面的に禁止する」。

 

いやはやごドイツ人の国民性そのもののような、実に徹底した雪かき義務であるが、それでは、お年寄りや共稼ぎの家庭はどうするか。そのために除雪請負業者がちゃんと控えている。十月から四月までの半年間、十五平米当たり二百五十マルク(約二万円)で請け負う、というのが標準的な相場。以下、除雪面積がふえるにつれ、お値段はアッブされるが、一般の家庭では、十五平方メートルで大体定められた除雪義務ははたせる。

なにごとにもきちようめんでないとすまないドイツ人のこと、講け負う際は、きちん契約書がとりかわされる。そして請け負った場所の垣根などに業者の名札が張り出される。

 

さて、このような法体系のもと、さぞやドイツの町は完璧(かんぺき)に雪かきが行われている、と当然日本の皆さんは思われるだろう。実際にはどうであろうか。

 

今年のドイツは、冬将軍の到来が早く、我が家のまわりでも除雪作業に大わらわの風景が見られる。だが、朝の作業開始は牛前七時から、と条例には定められているのに、実際には、ご亭主を送り出したあと、年前九時すぎにやっと歩道へお出ましになる女房どのの姿もよく見かける。

 

また「幅二メートル」の規定も、厳密に守られている、とは言い難く、どうやら人が肩をすり合わせ、やっとすれちがうことのできる歩道が結構多いのである。

 

世の中、すべて法津通りだつたら逆に息がつまる。きちんと除雪できるのが望ましいにはきまっているが、現実のこの姿を見ると、なぜかホツとしたりもする。それが人間というものなのであろう。

 

 

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