地籍図と登記
古い論文ではあるが、現在も基本的には変っていない。
論文の記載誌: 測量1982年6月号 15〜24ページ)
論文の題目 : 都市計画と測量 −西ドイツのケース−
はじめに
私が都市計画の勉強をはじめたのはドイツで,その後当地で都市計画の仕事にたずさわっている。仕事の基礎となる都市図は500分1位までの公図で、どこの都市でも入手出来,それが当然の事だと思っていた。
日本ではこれがあたりまえでない事に気がついた。敷地の大きさや建物配置がわかる都市図は,役所の都市計画局にもない。
都市計画の方向が,基盤整備計画から住環境整備計画ヘ,全体計画から地区計画へと重点が移りつつある今日、正確な都市図が不可欠となる。ここで西ドイツの測量・登記システムについて考えてみたい。
1. 不動産の測量
(1)法的基礎
すべての不動産は測量を行わなければならず,役所に届ける義務がある。私有地も,測量作業のための立ち入りを拒否する事は出来ない。
測量の地籍法、州法、により、目的は不動産の記録で,地籍図と地籍台帳が作成される。
・ 地籍図(Katasterkartenwerk)
図:1/2000の都市図 |
地籍図は測量で作成する。土地及び建物で、公共施設では変電器,信号,樹路灯など,また,特徴ある私有地の樹木等も記載される。
作図の縮尺は、市街地部分では1/500、または1/1,000。周辺部分は1/2,000と同法の施行令で定められている。これをもとに都市図が作成され,公図(地籍図,または測量図)は,西ドイツのほとんどすべての市町村で入手出来る。
・地籍台帳(Katasterbuch)
地籍台帳には所有者の氏名、住所,面積、用途、土地台帳との関連番号が記入される。
(2)測量図の保管と閲覧
不動産の測量と届け出の義務はすべての地域に該当し,地籍局に届けられ一括して保管される。
測量は発注者負担である。しかし,測量原図は個人には渡されず地籍局に保管される。これは後程,境界石の移動等によって起きるトラブルの予防策で,裁判では境界石より,測量原図が重視される。
地籍台帳は,地籍図・台帳の閲覧が可能,また,他人所有の土地も抄本の請求が出来る。
2.登記の仕組み
土地の所有は,土地台帳(Grundbuch)の記載によって証明される。土地の所有者が変更する場合,土地台帳の書きかえを行う。
(1)土地の売買
土地売買の仲介依頼を受けた弁護士は,この旨を関係諸機関および市の測量局に通知する。市は先買権の有無を調ベ,それがある場合,都市計画局に意見が求められる。
売買に支障ない通知が揃ったら,弁護士のもとで売買契約書にサインされ,買い手は弁護士付けで金額を払い込む。この段階で弁護士は地方裁判所にある土地台帳局に名義変更を届け出、土地台帳の書き変えが行われる。これで登記完了である。なお,土地台帳局は地籍局にこの所有者変更の通知を送り,地籍台帳が訂正される。
・土地台帳と地籍台帳
土地台帳は裁判所にあり、土地台帳令に基き,わが国と同じく法務省の管轄にある。一方,地籍法は財務省下にあり,土地台帳の記載がとどこおりなく行われるところに地籍台帳の主旨がある。地籍台帳は地籍のデータ帳であり,土地台帳は法的データ帳であるといえよう。
土地台帳には土地の面積,用途の他に,土地の負担・条件が書き入れられる,裏地への通行権、先買い権、地下配管権等の諸条件が記載され,所有者が変っても受け継がれる。
また,土地・建物を担保に貸入れした金額が金融機関別に明記される。すなわち不動産をカタにした借金は所有者ではなく,不動産につく,といった考え方で,担保形式をそのまま持ち主が替ることも可能である。
図 : 1/5000の都市図 |
図 : 1/500の都市図 |
(2)土地の分筆
土地の分割は許可制で,法的基礎は連邦都市計画法(現在の建設法典の前身)により,許可をあたえる機関は市町村官庁にある。
分筆の可能なところは,地区詳細計地区内か,それに準ずるところでなければならない。すなわち,分筆は建築を前提にする場合のみ合法である。しかし分筆しようとする土地の規模・形態が都市の将来の発展に好ましくない場合,例えばミニ開発を招く場合,不許可になる。
分筆希望者は、直接個人で市の測量局に申請する。測量局は,土木局・建築監督局・都市計画局に意見を求める(ヘッセン州ダルムシュタット市の場合)。分筆可否の決定権は建設部門長にある。そして土地台帳が書き改められ測量が行われる。合筆の許可義務はない。
(3)地目の変更
わが国における,農地の地目を宅地に変える,といった「地目」の概念はない。
土地の用途利用の法ベースは,連邦都市計画法による地区詳細計画である。
地区詳細計画がない区域では,建築法による周辺の建築状況にあわせた市の建築許可基準が前提となる。農地でも牧地でも,地区詳細計画で「建築用地」と定められたら家が建てられる。すなわち「地目」を変えるのは都市計画である。
地目について考える場合,税金との関連について疑問が起こる。
ここで土地の用途変更(都市計画)があった場合,所有者の地目変更がないのに,いつから土地の税金が変るかをみてみよう。
地区詳細計画を策定する手続きで都市計画担当局は,その草案の段階で関係諸機関に通達する。それによって税務局は土地の用途変更計画を知り,地区詳細計画が効力を発する時点で土地の用途変更を受けた地主は,税率が変ったことを通知される。
区画整理も測量局から税務局に連絡が行き,税率が変る。
3.土地制度と都市計画
西ドイツの都市計画は、市域全体を計画した土地利用計画(いわゆるFプラン)と,建物配置の形態や様式を定めた地区詳細計画(Bプラン)からなっている
土地利用計画は,おもに縮尺1万分の1とか2.5万分の1でかかれ,大まかな土地利用を表わしたもので,民間に対しての法的拘束力はない。
それに対して縮尺500分の1とか1,000分の1で定められる地区詳細計画は,土地利用規制に加えて,壁面線・屋根の方向・勾配等こまかい規制が行われ法的拘束力がある。
こういった細かい計画作業には,その基礎となる地籍システムが完備し,データが引き出し可能である事が不可欠である。また,一括された地籍システムは都市計画の管理にも重要で,正確な地籍図があれば,例えば,建物のための必要空地部分を切りとって,そこに新しい建築申請をする等といった諸悪は未然に防ぐことが出来よう。
行政組織における測量局の位置:ダルムシュタット市の場合
・地籍局と測量局と土地台帳局
測量は地籍法にもとづき,最高機関は州の財政長官にある。したがって地籍局は州の機関である。ダルムシュタットのような独立市では,独自の測量局があり地籍局にかわって,測量局が代行している。
地籍局は実測をもとにした記録データの作成・提供者であり,土地台帳局は受け入れ,利用者という関係にある。土地台帳局は裁判所にあり司法に属し,一方は行政にある。分筆のように許可義務のある登記は,行政側の許可証明を受けて,土地台帳局は台帳記入をおこない,その後,地籍局(ダルムシュタット市の場合は測量局)で測量される。
(1)ダルムシュタット市測量局
ダルムシュタットは市の行政組織全体を12の関連組織グループに分け、その一つが建設部門であり,以下測量局を含めた7局が配属されている:土木・建築・都市計画・測量・造園(の一部)・建築審査・建設管理。
測量局は4つの部課に分かれており,職員総数は43名。このうち都市製図課には10人の技士が測量と製図にあたり,その他,実測専門技士が25人,都市・地形・宅地測量等にあたっている。
職掌の主なものは,測量にともなう都市図の作成で,市内の建物の新・改・増築などすべてが500分の1の地図に描き入れられる。職員はほとんどが技術系で,それも専門技術者,高専卒・測量士である。管理職も大学卒の測量士,同じく専門技術者で占められている。
地籍台帳に記載する測量を行うのは次の3機関に限られている。ダルムシュタット市全域での割合は次の様である。
地籍局 30%
公認測量士 15%
測量局(国・州・市) 55%
しかし,ヘッセン州全域でみてみると
地籍局 75%
公認測量士 25% という割合になっている。
(2)測量の値段
(これらのデータはすべてダルムシュタット市測量局による,換算率:1マルク=100円)
1)建築申請用の敷地図測量 3.5万円
2)建物位置測量 5.0万円(建設作業直前に行うもの)
3)建物位置測量 5.0万円(建設工事完了後に行うもの)
4)分筆 12.0万円(1,000平米を500平米に2分する場合)
ただし,上記1〜3)は住宅建設に際し法的に義務づけられている。以上概算。
ダルムシュタット市の地籍図の値段
最後にこういった諸条件をもとに,現在あるダルムシュタット市の地籍図を新しく作るとしたら,いくらになるかを算出してもらったら、ざっと5億円、とのこと。
ダルムシュタット市の人口は,138,000人、面積は122.4平方キロである。
(文章は一部省略、また注とヘッセン州地籍法の翻訳も省略) © 春日井 道彦